カノム・コー
もち粉のだんごにうまみのある
パームシュガーだけの実直な味わい
小ぶりのだんごを舌にのせると、さらりとした蜜がにじみ、噛めば小さなヤシ糖の欠片に触れます。うまみのあるヤシ糖ともち粉のだんご、その二つだけのシンプルで実直な味わいがうれしくて、ついもうひとつと手が伸びるおだんごです。
カノム・コーを初めて食べたのは、南タイ料理の食堂の店先でした。南部ナコンシータンマラート県出身の若く気丈な店主が、繁盛店の店内に睨みをきかせながら、丸めただんごをゆでてココナッツをまぶす様子に見とれていたら、
「これはね、カノム・コーという南タイのお菓子なんですよ。カノム・トムとはまた別もの。作りたてを食べてみてくださいな」
タイ菓子に興味があることを知っている店主が、声をかけてくれました。
練ったもち粉に小さく切ったパームシュガー(ナムターン・ウェン・ナムターン・タノート)を包む
パームシュガーを包んだおだんごをゆで、まんべんなくココナッツをまぶして出来上がり
口に入れると、半ば溶けたパームシュガーの味わいと香りが広がる。シンプルだからこそパームシュガーのうまみを最大限味わえるお菓子
タイの白玉だんごと言えば真っ先に思い浮かぶカノム・トム・カーオは、細く削ったココヤシの実の胚乳(生のココナッツシュッレッド)をヤシ糖で煮た餡を包んだおだんごですが、見た目にほとんど違いのないカノム・コーの中身はヤシ糖だけ。ヤシの樹液を煮つめた、うまみと香りのある糖そのものを味わうおだんごなのです。
ヤシ糖は、ヤシの木の花房をつける茎に傷をつけ、そこから流れ出る樹液を煮つめたもので、一般に市販されているものは大別すると2種類。ココヤシなどの樹液から作るココナッツシュガー「ナムターン・マパラーオ」と、オウギヤシの樹液から作るパームシュガー「ナムターン・タノート」があります。
タイではナムターン・タノートの方がより滋味豊かとされており、値段もココナッツシュガーよりわずかに高めです。オウギギヤシが広く栽培されている南タイではカノム・コーと言えばこのナムターン・タノートで、煮つめた樹液をオウギヤシの葉を細く裂いてくるりと輪にした枠に流し入れてかためた、薄い円形のナムターン・ウェン・ナムターン・タノートを小さく切って包みます。
ナムターン・ウェン・ナムターン・タノート。オウギヤシの樹液を煮つめたナムターン・タノートをヤシの葉で作った輪に流し入れてかためている
数年前に久しぶりに南部ハジャイに行く機会があり、バンコク・フアランポーン中央駅から、午後早めに出る南部行きの寝台列車に乗りました。マレーシアと国境を接するソンクラー県の商業都市ハジャイに着くのは翌朝早くです。
バンコクを出るとナコーンパトム県、ラーチャブリー県を走り、日没前にはペッチャブリー県に入ります。その頃になって車窓の景色を眺めると遠くに来たように感じられるのですが、それはおそらくヤシの種類が変わったことからでしょう。ココヤシとは異なるシュロに似た形の葉をてっぺんに頂いた、ひときわ背の高いオウギヤシが、田んぼや集落のあちこちに点在する風景は、タイ南部の入り口に着いたことを実感させてくれます。
走る列車の窓からオウギヤシが見える、南部タイの景色
手前の真ん中の2本がオウギヤシでひときわ背が高い。ココヤシの木と異なり、葉はシュロのような形。スコールの直前に撮影
ペッチャブリー県はナムターン・タノートの産地であり、「お菓子の県」として知られています。しかし樹高が30メートルにもなるオウギヤシに登って樹液を採取するのは危険で重労働、しかも農業人口は日本と同様に高齢化。そんな記事を目にしたことがあります。雑誌に登場したのはたしか70歳をとうに過ぎたおばあちゃんで、天空にそびえるオウギヤシにするすると登る勇姿に感嘆するとともに、タイ菓子の行く末が気にかかるストーリーでもありました。
文・写真/ムシカシントーン小河修子