その愛らしさからタイ菓子と言えば取り上げられることの多いルークチュップ。果物や野菜をかたどった餡を寒天でしっかりコーティングしているので表面はつややかな膜におおわれ、噛むと中から餡が出てきます。餡の材料は皮を除いた緑豆。蒸した緑豆にココナッツミルクと砂糖を加えて煉るためコクがあってなめらかです。
このお菓子は何度見ても観察眼と手先の器用さに感服させられるので、もしや何か特別な道具があるのではとタイ菓子の本を開けてみたら、さにあらず。お道具は楊枝でした。軸を押しつけてへこみを作ったり、とがった先で線を描いたり。形ができたら底に楊枝をさして持ち、筆で彩色します。色が乾くのを待って、その後複数回寒天液にくぐらせるのですが、私の見た本では重ねたバナナの葉にルークチュップを刺した楊枝を立てて乾かす昔ながらのやり方。緑の葉の上に並ぶその様の愛らしさといったら…。いつか日本で見た土人形を乾かす風景が重なりました。
15世紀から17世紀の大航海時代、アユタヤの都には様々な国から人と物が渡来しました。お菓子もしかり。卵黄の糸状のお菓子フォイトーンは福岡名産の鶏卵素麺そっくりで、両方ともポルトガル伝来と言われています。
ポルトガル南部の銘菓モルガディーニョシュ・デ・アーメンドアは、果物や野菜、動物などをかたどった小菓子で、アーモンドの粉を煉ったねっとりした生地に、卵黄のクリームと鶏卵素麺を包んだお菓子だそうです。ポルトガル菓子研究家ドゥアルテ智子さんは、和菓子の煉り切りもタイの〝似たような小菓子〟(ルークチュップのことでしょう)もこのモルガディーニョシュ・デ・アーメンドアの影響を受けたのではないかと『ポルトガル菓子図鑑』に書いています。アーモンドの産地ポルトガル南部で生まれたお菓子が大航海時代にタイと日本に伝わって、その土地の材料で作られるようになり独自の進化を遂げた。その史実を確かめる術はありませんが「お菓子の道」を夢想しながら味わうのもまたタイ菓子の愉しみのひとつです。
ミカンとリンゴの枝葉は月橘(ゲーオ)という庭木の葉。トウガラシを作る場合は本物のヘタが使われることもある。